妻とは出会ってから約10年が経つ。
付き合ったきっかけは大学の学部式だった。
(マンモス大学のため、入学式とは別に学部で小さい入学式があり、それを学部式と呼ぶ)
元々入学前から、ツイッターを通じて同じ大学に通う予定の者同士で4人くらいと通じ合っていた。
その中の一人に妻が居た。
学部式当日、折角だから一緒に行こうと4人で待ち合わせをして学部式に向かった。
体育館で僕ら4人は横並びに座った。これから始まる大学生活に胸を躍らせながら。
僕の隣には妻が座っていた。
僕はというと、学部式の前日に高校時代の部活仲間とカラオケオールをしていたため、極度の寝不足状態だった。
式が始まった早々僕は眠りに落ちた。
あろうことか、出会って1時間も経っていない、隣に座る女性の肩にもたれながら!
式中ずっと肩にもたれながら寝ていたらしい。
それがきっかけで、妻が僕を意識してしまったとのことだった。
学部式が4月1日だったか。
それから他愛もないラインのやり取りを続け、気が付けば4月5日には付き合うことになった。
何とロマンチックな出会いだろう!
ただ、妻曰く今になって付き合っていた当時を振り返ると、やはりおかしな言動や行動は多々あったらしい。
それでもラブラブなカップルであったと自分でも思っている。
そして今日に至るわけだが…。
妻とは今日から遡ってかれこれ4年はセックスをしていない。
いわゆる「セックスレス夫婦」というやつだ。
僕が心療内科に通い始めたことからだろうか。
同棲してからしばらく経ち、僕は妻との約束を色々破った。
使ったものは片付ける、脱いだものは洗濯籠に入れる。
そういう小さい約束事を守れなかった妻は僕に嫌気が差したのだろう。
「もうそういうことをする気になれない。」
そう、宣告を受けた。
妻と付き合うまで、僕の相棒は右手だった。
男性用アダルトグッズも購入していたし、セックス自体にあまり興味がなかった僕は、また右手を相棒にする生活に戻った。
完全に自業自得なのだから僕から文句を言える立場には無い。
夫婦揃って子供は作らないという考えは一致していたからそこに関しても問題はなかった。
それ以来、僕は自家発電で性欲を発散していた。
まぁこのままでもいいかと…。
そう思っていたが、ここ最近そういうわけにもいかなくなってきた。
アラサーを迎えた大の大人がこんなことを言うのも情けないのだが、最近人肌が恋しい。
どうしても押しつぶされそうな不安が襲ってきたとき、誰かの胸の中で抱きしめられて泣きたいと思うことが増えてきた。
会社ではいわゆる中堅どころと呼ばれる年次になった。
年次が上がるにつれて仕事でもストレスは溜まることが多くなる。
ストレスに晒されれば、どういう因果か分からないが、人肌が恋しくなる。
それに加えて、最近セックスをしたいという欲求が増してきた。
数行前に書いた”セックス自体にあまり興味がなかった僕”と矛盾するが、無性に誰かとセックスがしたい。
僕は決して顔が良い方ではない。
強いて言うなら、役作りで坊主にしていたころの菅田将暉に似ていると言われたことがあるくらいの顔だ。
中学、高校時代の僕はいわゆる「陰」の者で誰かと付き合った経験はない。
大学に入ってからは妻以外と付き合ったことがないから、つまり僕の経験人数は妻一人しかいない。
そして、妻からはセックスをしない宣告を受けている。
自分が蒔いた種とはいえ、今の状況を俯瞰してみると猛烈に悲しい。
僕はこれから誰ともセックスをすることなく一生を終えるのだろうか。
そう考えると憂鬱という名の風船にどんどん空気が入り、膨らんでいく。
もっと色々な人と経験をしてみたかった。
この風船がいつか破裂したとき、僕はどうなってしまうのだろうか。
もちろん性欲を満たしたいのであれば風俗店にでも行けば済む話だろう。
だが、そこに「愛」は一欠けらもない。
僕はただ行為をしたいわけではない。
多少なりとも行為に「愛」を感じたいのだ。
全く持ってワガママな男であると、我ながら情けなくなる。
会社内で不倫騒動をたまに耳にすることがある。
「やっちまったなぁ」と思う反面、「いいなぁ」と思う自分が居る。
ただ一つ言えることは、僕が不倫行為をしたら今度こそ本当に妻との関係は終わってしまうだろう。
妻に対する最大の裏切り行為であることは自覚している。
ただ、もし仮に誰かといい雰囲気になり、過ちの一夜を共にしたときに僕が抱く感情はどんなものであろうか。
妻への罪悪感だろうか。
それとも、満足感なのだろうか。
ここまで書いて「こいつは何を言っているのだ」と不快に思う人もいるだろうが、人間だからしょうがないと僕は思う。
三代欲求の一つである性欲を満たしたいと思う感情を持つことは至極当然なのだ。
セックスがしたい。ただそれだけなのだ。
世の中の他のセックスレス夫婦はどのように生活しているのだろうか。
男性側、女性側共に不満は溜まらないのだろうか。
そして、その不満が積もりに積もった時に一体どうしているのだろうか。
気になってしょうがない。
そして、今日も僕は自家発電に勤しむ。